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消費者に届ける最後の配送「ラストワンマイル」とは?

近未来のお話ですが、
少しずつ現実味を帯びてきているようですよ。

アメリカの話ですが、ちょっと想像してみてくださいね。

あなたはスマホからスーパーマーケットに注文を出そうとしています。

今日は、ひき肉とコーラ、卵にキャベツと、それにビスケットにアイスクリーム、
そしていくつかの冷凍食品を頼むつもりです。

しかし、今から注文すると配送までに6時間ほどかかりそうです。
これでは夕食には間に合いそうにありません。

するとあなたは奇妙なボタンを発見したのです。

「慈悲深き隣人」。
あなたはそれをクリックしました。

数10分後、あなたは隣に住む魅惑的な女性の訪問を受けました。

「今日は何料理なのかしら? 
どうでもいいけど、コーラはせめてダイエットにしといたほうがいいわよ」。
女性はウィンクしながら、あなたが注文した食品を手渡してくれました。

「なぜ、私が注文したことを知っているんですか?」。

「たまたまタイミングが合ったから、運んであげようと思ったの」。

あなたは、この隣の女性と初めて話したのです。

翌日あなたはスマホから女性アーティストのCDを注文しました。
限定版に特典としてついてくるDVDをどうしても手に入れたかったからです。
しかもDVDにはライブのチケットが当たる抽選券が同封されているのです。

またしても、あなたは「慈悲深き隣人」のボタンを発見するのでした。
誘惑に抗えず、ふたたびあなたはそれをクリックしました。

待つこと20分後、あなたは若い男性の訪問を受けました。

どこかこの男に見覚えがありました。
そうか、通勤途上でよくすれ違う同じブロックの住民ではないか。
いつも暗い顔をしている、あの男だ。

男はCDを差し出す。
「はい、これ。4曲目が最高だよ」。
男はそういってドアを閉めた。

きっと次から街を歩くときには、風景が変わっているだろうな・・・
と、あなたは思いました。
なぜなら、ネットで注文すると、なんと近くの住民たちが運んでくれるのです。

どこか小説風ではあるものの、これは笑い話ではありません。

アメリカの流通で実際に検討されている内容なんです。
これからは配送業者ではなく、消費者そのものを利用しようとしているのです。

想定されるケースを簡単に説明しましょう。
お客が店舗に向かう。

商品を見ると2重価格になっています。
そこには、例えば通常価格は10ドル、
一方でラストワンマイル配送ならば9ドルと書かれています。

後者を選べば、1ドル安価に買える。
その代わりに、あなたは隣人が注文したものを手に取り、
買い物の帰りに隣人に届ける義務を負います。

ラストワンマイルとは、文字通り「最後のワンマイル」であり、
消費者に届ける最後の配送のことです。

これまでこの部分は専門業者の独擅場でした。
日本で言えば、ヤマト運輸や佐川急便、日本郵便などが担っている分野です。

そこに消費者の力を借りるとは、コロンブスの卵的な発想(発送)ですね。

しかし、まさにこのラストワンマイル配送をめぐって、
熾烈な競争が繰り広げられているのです。

ラストワンマイルを制するものがビジネス上の利益と、
何よりビッグデータを手に入れられるからです。

これを真剣に考えているウォルマートによるとこういう仕組みです。

お客はサインアップをして、割引を受けることと引き換えに、
帰宅途中に荷物を運び、その荷物を届けることで
お客はサプライチェーンの一部になります。

現在、ウォルマート自体は、アマゾンや、
他のネット通販サイトに対抗するために、
店舗からの配送サービスを積極的にアピールしています。

これは、リアル店舗を有する強みを最大限に発揮するもので、
文字通り近くの店舗からスピーディーに配送し、
物流センターから配送する業者との差を見せようとしているのです。

また同社は、その店舗で受け取りも選択できるサービスも始めています。

いまウォルマートは、配送にフェデックスといった業者を使っていますが、
当日配送サービスについては「ウォルマートトゥーゴー(“Walmart To Go”)」と呼び、
自社宅配トラックを用意しています。
他のネット業者は急拡大しているし、他の小売業者との闘いも熾烈です。

これまでアマゾンやネット専門業者に押され気味だったイメージの
ウォルマートではありますが、同社は毎週末に大波のように
店舗へ訪れる数百万人の顧客名簿を有しています。

この数百万人のお客が自社配送業者として「活用」できれば、
彼らにとっては形勢逆転のキッカケともなります。

フォーブスの記事によれば、隣人への配送を「親切ゆえに受け取れる割引
(discounts for being so kind)」と言っています。
また近隣とのコミュニケーションや、
買い物弱者の救済などにもつながるかもしれません。

一方で、アマゾンはむしろラストワンマイルを強化するために、
自社トラックを増強し、配送期間の短縮や、
時間指定配送の正確さ向上等に取り組んでいます。

ウォルマートの進めるラストワンマイル配送が親切心のみからかは分からないものの
ラストワンマイル競争の一端を示しているとは言えます。

ところで、問題がないわけではありません。
ラストワンマイル配送を、自社配送しないのであれば、
あるいは特定の業者に委託しないのであれば、
考えられる課題がいくつもあります。

たとえば、盗難、
軽度の外傷を含む破損、
水濡れ、
詐欺…

といったことはありうるでしょう。
法律上の問題もあるし、
保証を誰がどの程度ほど持つべきかも明確ではありません。

しかも、気持ち悪いといった感想もありうるでしょう。
それに、一度、誰かが家にやってきたあとに
ストーカー行為をされたらどうするべきなのか。
何より、知らない誰かがやってくるのは恐い。

もちろん、このラストワンマイル配送は、
お客のみに頼ろうとしているわけではありません。
現在の流れは、この配送をクラウドソーシングしようとする動きです。
クラウドソーシングとは、ご存知の通り、
インターネットを使って不特定多数のひとたちに、業務委託を依頼することです。

配送をクラウドソーシングするとは、文字通り、
「荷物を運んでほしい」人たちが各種条件を開示し、
「荷物を運びたい」人たちが応募するものです。
ウォルマートもこれらクラウドソーシングを検討しています。

例えば、トラック業者が遠方に荷物を届ける際、
クラウドソーシングを活用して帰路に荷物を載せれば
トラックの有効活用になるでしょう。

それに売上にもつながります。

アメリカの業者の一つzipmentsは、
95%のドライバーがプロフェッショナルであるといい、
しかも各ドライバーの経験年数が4年を超えるそうです。

しかし、この配送のクラウドソーシングに
各社がビジネスチャンスを嗅ぎとっているのも事実です。

ラストワンマイル配送のクラウドソーシングを狙った
スタートアップもたくさんあるし、
日本でもクラウド型の配車管理システムがいくつも登場してきています。

もちろん、そのすべてがうまくいくかどうかはわかりません。

それにしても、これからは商品の買い先が多様化するだけではなく、
配送人も多様化する時代がやってきています。

私たちは消費者でありながら、高度資本主義における
商品の届け手になっていくのでしょうか。

隣人をいつの間にか「おつかい」に使い、
知らぬ間に隣人から「おつかい」に使われる時代。

そういえば、私の子供のころ、近所のおばちゃんが
「買い物に行くけど、何か買ってきてあげようか?」と
声をかけてくれていたことをこの記事を書きながら思い出しました。

日本ではお互い様の気持ちで近所づきあいをしていました。
もし、ごく当たり前に、自然にそんなことができる世界ができたら
それは素晴らしいことかも・・・。

カレー、変身の秘話 印→英→日の歴史

さて、今回は皆さんの好きなカレーのお話です。

「ココイチ」の愛称でおなじみの「カレーハウスCoCo壱番屋」。
日本を飛び出しバンコクに出店していることを
ご存じの方もいらっしゃることでしょう。

バンコクと日本では為替の違いがあるにも関わらず、
日本と全く同じレベルの金額で勝負しています。
どういうやり方かというと、店舗に高級感を持たせ
同じカレーをバンコクでは高級レストランのメニューとして展開しているのです。

これがまた大人気!
まさに戦略ですよね。

この話は今日のメインではないのでこのくらいにしておいて、

カレーというと、もともとはインドのもの。
しかし、インドと日本のカレーは全く違います。

今日はそのあたりの秘密に迫っていきたいと思います。

「すごくおいしいですね。一体、これはなんという料理ですか?」

インド人に日本のカレーを食べさせると、こんな感想がよく返ってくるそうです。
実際に日本と本場インドのカレーを食べ比べてみると
味も形状も大きく違っているためです。

インドの典型的なカレーは、
香辛料のよく効いた汁気の多いソースを
パサパサした細長いインディカ米や小麦粉を焼いたナンで食べます。

これに対して、
日本の典型的なカレーは
とろみのあるソースをモチモチしたジャポニカ米にかけて食べます。

両者の大きな違いはカレーの「とろみ」。

インドのカレーは汁気が多くてサラサラしているのに比べ、
日本のカレーは小麦粉を加熱することでとろみを出しているのが特徴。
インドではカレーに小麦粉を使うことはほとんどないようです。

では、どうして日本のカレーは
インドのカレーから大きく変貌を遂げたのでしょうか?

その背景に帝国主義や民族の独立運動など
世界史のダイナミックなうねりが隠されていることが分かってきたのです。

なんか、すごくないですか?

と、いうことで、「国民食」として日本の食生活にすっかり浸透している
カレーの歴史と謎を追いかけてみたいと思います。

西洋料理としてカレーが日本に伝来したのは明治初期のこと。

「カレーライスの誕生」(講談社学術文庫)の著者、小菅桂子さんによると、
1872年(明治5年)発刊の「西洋料理指南」に
当時のカレーのレシピが記載されているようです。

要約すると「ネギ、ショウガとニンニクのみじん切りを
バターで炒めて水を加え、エビやカキ、カエルなどを入れて煮て、
カレー粉を加え、1時間さらに煮て、塩で味を調え、水溶き小麦粉を入れる……」。

この時点ですでにカレーにとろみを出すため、
水でといた小麦粉を入れていたのです。
小麦粉を加熱するとでんぷんがのり状に変化します。

あの独特のとろみはこうして作られていたというわけです。

では、なぜ日本のカレーは小麦粉でとろみを出すようになったのでしょうか?

まず、カレーが日本に伝来した歴史を振り返ってみましょう。

インドの郷土料理として食べられていたカレーは
植民地統治を通じて英国に伝わり、明治期に「文明開化」の1つとして
英国経由で日本に伝来しました。

だから、インドから日本に直接伝わったわけではないのです。

日本のカレーは、西洋風に様々にアレンジされた英国のカレーが
基礎になっているのです。

英国にカレーが伝わったのは、さかのぼること1772年ごろ。

英国人ヘイスティング(後に初代ベンガル総督)が
カレーの原料と米を持ち帰り、それをもとにカレー粉が発明され、
やがてビクトリア女王にも献上されたそうです。

このカレー粉が発明されたおかげでカレーの調理法は大きく変わりました。

インドでは毎回、すり鉢などで多数の香辛料を混ぜて調合し、
すりつぶしてカレーを作るのが基本なのですが、
カレー粉が発明されたことでこの手間が省け、
どこでも手軽にカレーが作れるようになったのです。

さらに大きな変化はとろみを出すための小麦粉の活用でした。

1861年に出版された「ビートン夫人の家政読本」には、
カレー粉の作り方とともに、小麦粉を使ってカレーにとろみを付ける調理法が
多数紹介されています。

つまり、英国で普及したカレーは、
油脂で小麦粉をいためた「ルー」を使った西洋風煮込み料理に
すでに姿を変えていたということです。

こうして、カレー粉と小麦粉を使ったとろみのある西洋風カレーが
英国経由で日本に伝わり、独自の進化を遂げたのです。

だから、日本のカレーは
本場インドとは異なる風味や形状になったというわけなんですね。

ちなみに、インドでは大ざっぱにいうと、北部ではナン、
南部では米とともにカレーが食べられているとされています。

英国人ヘイスティングが駐在していたのはベンガル地方。
ここはインド北東部ではありますが、
米でカレーを食べるのが習慣だったようです。
そのため、英国に伝わった時点でカレーとライスがセットになったみたいですね。

これがそのまま日本のカレーライスの起源になったのです。

そして、カレーに欠かせないのが多様なスパイスの存在です。

列挙すると、オールスパイス、ガーリック、カルダモン、
クミン、クローブ、コショウ、コリアンダー、シナモン、
ジンジャー、ターメリック、チリペッパー、ローレルなど
実に数多くの種類があります。

インドでは具材に合わせて様々なスパイスを
そのたびに取り混ぜてすりつぶし、
混合スパイスを調合するのが基本ですから、
家庭ごとに配合が異なるのです。

代々その家庭に伝わる「手前ミソ」ならぬ「手前カレー」があり、
それが「お袋の味」になっています。

また、スパイスには身体を活性化する機能や殺菌効果効用もあり
漢方薬としても処方されることもあるそうです。
このほか、食欲をそそるための香り付け、色付けの効果もあるようです。

ここでカレー史の秘話を紹介しましょう。

「英国経由のカレー」を拒絶したカレーが日本にあるのをご存じでしょうか。
それが中村屋の「純印度式カリー」です。

実は、このメニューが生まれた背景には英国の植民地統治からの
インド独立運動が密接に関係しているのです。

1915年(大正4年)。
新宿中村屋の店主、相馬愛蔵は日本に亡命していたインド独立運動の志士、
ラス・ビハリ・ボースを新宿のアトリエにかくまっていました。
右翼の巨頭で大アジア主義者の頭山満から依頼されたためです。

敬虔(けいけん)なキリスト教信者だった相馬愛蔵は
孤児院基金の募集や廃娼(はいしょう)運動に取り組み、
芸術家を支援するなど開明的な人物として知られ、
インドの独立運動にも理解を示していました。

一方、ボースは英国のインド植民地統治に抵抗し、
インド総督に爆弾を投げつけた事件を首謀した過激な独立運動家で、
英国政府に指名手配され、祖国を追われて日本に逃亡していたのです。

こうした縁で出会ったボースと相馬夫妻との交流が始まりました。

相馬夫妻はボースの独立運動にかける熱意と
その誠実な人柄に次第にほれ込み、3年後には長女の俊子を嫁がせ、
末永くボースを支援するようになっていきました。

日本での長い亡命生活。
ベンガル地方出身のボースが故郷を懐かしんで料理していたのが
骨付きチキンと香辛料のたっぷり入った「純印度式カリー」だったのです。

小麦粉は一切使わず、英国経由の西洋風カレーとは
明確に一線を画していたのが特徴です。

ボースにとって、小麦粉を使ったカレーは
「憎き英国による植民地統治の象徴」のように見えていたのかもしれません。

「ちまたに出回っているのはインドのカレーではない。
日本人に本場の上質な味を、ぜひ味わってもらいたい……」

ボースのこんな願いが叶い、
1927年(昭和2年)に新宿の中村屋本店1階に開設した喫茶部で
「純印度式カリー」を売り出すことになりました。

一般的なカレーが10銭から12銭のところ、
「純印度式カリー」は80銭という破格の高値。

でも、すぐに客の評判を呼び、中村屋でも屈指の看板メニューになったのです。

米は白目(しろめ)という上等な品種を使い、
味の優れた鶏肉を確保するために
山梨県に専門のシャモ飼育場を設けるほどの徹底ぶり。

味覚や風味は当時の日本人の口に合うように工夫したが、
小麦粉は一切使わなかったそうです。

こうして中村屋の喫茶部は1933年(昭和8年)に移転拡張し、
新館2階には豪華な「インド間」も設けられました。

インド独立運動の志士、ボースが伝えた「純印度式カリー」は、
現在でも「恋と革命の味」として中村屋に脈々と受け継がれています。

一方、インドには日本のカレーライスを出す和食レストランもあります。
いわば、本場インドへのカレーの“逆輸入”ですね。

インド最大の経済都市ムンバイのバンドラ地区。
繁華街の一角に店を構える和食レストラン「幸福」は
日本人駐在員のほかインド人の若者や富裕層にも人気が高い繁盛店です。

看板メニューは「ジャパニーズ・カレーライス」(550ルピー=980円)。

チキン、ポーク、エビの3種類あるが、
店のメニューのなかでも1、2を争うほど人気が高い」そうです。

米は粘り気のある米を使用しており、
ニンジン、ジャガイモ、タマネギが具材として入っています。
インド料理とはまったく異なる料理として受け止められているが、
反応は悪くないようです。

インドでも大都市では世界的な潮流の和食は大ブーム。
「スシなどと並んでクールな食べ物」として受けているらしい。

ビーフカレーやポークカレーは宗教上の理由から食べられない人もいるが、
メニューにはチキンカレーやエビカレーもある。
どんな具材にも合うので新たな“和食”(クール・ジャパン)として、
やがてインドに浸透するかもしれません。

インドで生まれ、英国を経由して独自の発展を遂げた日本のカレーライス――。

帝国主義、植民地統治、独立運動、文明開化……。

様々な時代背景を乗り越え、互いに影響を及ぼしあいながら、
新たな食文化が生まれていったんですね。

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