良くご存知のオーストラリア(Australia)は、
オーストラリア大陸本土と、
タスマニア島及び多数の小島からなるオセアニアの国です。

漢字による当て字では伝統的に「濠太剌利」と表記され、
そこから濠洲(ごうしゅう)となり、
日本では、豪州(ごうしゅう)とも呼称されています。

同国の総面積は世界第6位で、
先進国、かつ世界で最も裕福な国の1つであり、
世界第12位の経済規模となっています。

2014年の一人当たりの国民所得は世界第5位で、
軍事支出は世界第13位です。
特筆すべきは人間開発指数リストで、
ノルウェーに次いで世界第2位なのです。

人間開発指数とは、平均余命、識字率、就学率、
国内総生産によって決まり、
「先進国」、「開発途上国」、「後発開発途上国」を分けるための
指標としても使用されています。

そして、人間開発指数リストとは国際連合に加盟する193カ国の内、
187カ国の人間開発指数(HDI)に関する国別リストのことです。

つまり、クオリティ・オブ・ライフ、保健、教育、経済的自由、
自由権及び政治的権利の保護のような国家業績の
多くの国際比較において、同国は高位にあるということです。

さて、オーストラリアという国名の由来ですが、
ラテン語で「南の地」を意味する terra australis から来ています。
これはヨーロッパにおける伝説上の大陸で、
テラ・アウストラリス・インコグニタ(ラテン語)の
ことを指しています。

少し歴史に触れますと、

1606年にオーストラリア大陸に最初に到来した白人は
オランダ人のWillem Janzでした。
彼は、赤道付近の熱帯の北部地域に上陸し、
その周辺のみしか探索しなかったため、植民地には向かないと判断し、
それにより、オランダ人は入植しなかったのです。

1770年にスコットランド人のジェームズ・クックが
温帯のシドニーのボタニー湾に上陸して領有を宣言し、
入植が始まりました。

東海岸をニュー・サウス・ウェールズと名付け、
1788年からアメリカに代わり流罪植民地として
イギリス人の移民が始まったのです。
初期移民団1030人のうち、736人が囚人で
その他はほとんどが貧困層の人達でした。

また、当時は軽犯罪でもオーストラリアに流刑されたといいます。
1791年の第2回囚人護送は1017人で、
航海中に281人が死んだのですが、
植民地での食糧難を解消させたいため、
イギリス政府は1年を待たずして自由移民を募り
農地を拡大させていきました。

1828年に全土がイギリスの植民地となり、
開拓がさらに進んで行きました。

内陸を探検し、農牧地を開拓していったのですが、
その段階で先住民のアボリジニから土地を取り上げて
放逐、殺害しました。
1830年までのわずか数年で純血のタスマニア先住民は
絶滅させられたと言います。

現在に戻りましょう。

オーストラリアにとって日本は最大の輸出相手国であり、
近年、オーストラリアではアジア・太平洋地域との結びつきを
重視し始めており、
日本製品(主に自動車や電子機器などの工業製品)を
多数輸入しています。

オーストラリア国内には日本製品が多数存在し、
オーストラリア人の生活には欠かせないものとなっています。
これらのことから、現在日豪FTAと呼ばれる
日本とオーストラリア間のFTA(自由貿易協定)交渉が行われています。

日本からは留学生や観光客が大勢オーストラリアを訪れていますが、
1980年には、オーストラリアと
ワーキングホリデー協定を締結しました。

ここから、やっと今回の本題に入ります。

海外からの若者が休暇を楽しみながら、
一定の就労をすることを認められる「ワーキングホリデー」。

オーストラリアは、この制度を使って海外に行きたいという
世界の若者にとって人気の国です。
しかし、政府がワーキングホリデーにも
課税する方針を打ち出したため、
国内外で大きな波紋を呼んでいます。

当初予定していた今年7月の導入は見送られましたが、
課税する方針は変えていません。
この政策は、若年外国人の労働力を必要としている農業や
観光業にとっては強い逆風になります。

制度利用者からは「課税されるならよそへ行く」と
反発する声も上がっています。

実際にどのような現状なのか、代表的な1例をお話すると、

東部クイーンズランド州の州都ブリスベンから
北へ車で約45分のところに
見渡す限りのパイナップル農園が続いています。

エリンバーの農園で5人の若者たちが働いていました。
腰までの高さの葉が茂る畑に分け入り、
軍手をした手でたわわに実るパイナップルを
茎から一つずつへし折ってトラックに積み込む人や、
トラックの荷台でパイナップルをトレーに詰める人がいます。

コンベヤーでごろごろと流れてくるパイナップルを、
中腰になりながらケース詰めしていたフランス出身の
ルーシー・デ・ドンノさん(27)は、
「オーストラリアの気候やライフスタイルが大好き。
ここでの仕事はいい稼ぎになるわ」と話します。

ワーキングホリデー制度を活用して働く彼女が受け取る賃金は、
果樹園での作業に適用される最低賃金の
時給21.6豪ドル(約1640円)です。

今は、週38時間働き、820.8豪ドル(約63,000円)の
週給を得ていますが、
来年からは税引き後の手取りが554.04豪ドル
(約42,000円)に減る計算です。

ワーキングホリデーの若者たちの収入が目減りすれば、
休暇の楽しみも節約せざるを得ず、
ダイビングなどの観光業にも打撃を与えるのは必至とみられています。

若者の足がオーストラリアから遠のくのは間違いないでしょう。

ワーキングホリデーは18~30歳の外国人に一定の就労を認める制度で、
2015年12月時点で、15万5180人が同制度を利用して
オーストラリアに滞在しています。

出身国・地域別では英国が1位で、
台湾、ドイツ、韓国、フランスと続きます。

日本は約9000人で第7位です。

2015年から中国でも年5000人を上限とする
ワーキングホリデービザの発行が始まりましたが、
初回の1500人の枠は受付開始から数分で埋まる
人気ぶりだったそうです。

そこに浮上したのが「バックパッカー税」と呼ばれる今回の増税案です。

現在は、オーストラリアでワーキングホリデー制度の利用者には
年収1万8200豪ドル(約140万円)まで税金がかかりません。
しかし、政府が予定している制度が導入されれば、

2017年1月から年収8万豪ドル(約620万円)まで
一律32.5%の所得税が課されることになります。

ワーキングホリデーの行き先として人気のあるカナダの所得税は
年収4万5282カナダドル(約350万円)まで15%、
ニュージーランドは4万8000NZドル(約350万円)まで
17.5%なのに比べると、
オーストラリアの税率が際立って高いですよね。

政府はバックパッカー税で年2億2000万豪ドル(約168億円)の
税収増を見込んでいます。

政府としては、資源ブームが終息するなか、
少しでも税収を増やすのが狙いですが、予想外の反発があり、
当初、バックパッカー税を今年7月に導入する予定でしたが、
「幅広く内容を見直す」として、直前の5月に
導入を半年先送りすると発表しました。

だが、導入方針自体を変えたわけではありません。

税収を期待する政府はいいとしても、
「旅の若者」に依存する農家は人手不足を懸念しています。

オーストラリアの農家は、広大な農園を持っていることが多く、
収穫期には大勢のバックパッカーの労働力を使っています。

500エーカー(1エーカー=約0.4ヘクタール)の
パイナップル農園を経営するフラートンさんは、
20人のフルタイム従業員のほか、収穫期に20~30人の
ワーキングホリデーの若者を雇っています。

近くには人口6万人の都市がありますが、
きつい農作業をやりたがる若者はなかなかいません。
若者は福祉に依存してばかりで働かず、
地元で労働力を確保するのは無理だとフラートンさんはあきらめ顔です。

ワーキングホリデーのビザは1年間有効ですが、
シドニーやメルボルンといった大都市ではなく
地方で働く場合は、2年間延長が可能で、実際に
92%が、1年目に農業に従事した実績があったそうです。

オーストラリアでは、「ワーキングホリデー制度を利用する外国人労働者は、
農業に必要な労働力の4分の1に上り、
現実に農家は彼らに大きく依存しています。

旅人が短期間働くのは、オーストラリアでは見慣れた風景で、
農家への支援なしに実現など不可能だというのが
農業従事者の声です。

バックパッカー税導入のニュースはすでに海外に伝わり、
制度の利用に影響を及ぼし始めています。

クイーンズランドの小麦農家は例年、1日で30人の
ワーキングホリデーの若者を集めることができたのですが、
今年は2週間で3人しか応募がなかったということです。

ワーキングホリデー制度は外国の若者に働きながら
オーストラリア各地を旅行し、
文化交流を体験してもらうのが本来の趣旨ですが、
その一方で、世界でも賃金水準が高いオーストラリアに
出稼ぎにきているという批判が根強くあります。

農家と、ワーキングホリデーを活用したい
世界の若者の悩みは深まるばかりです。