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地方空港同士を結び急成長の異色の航空会社

フジドリームエアラインズという航空会社を知っていますか。

2009年に就航し、他社が見向きもしない地方路線を
次々とのみ込んでいるローカル専門の航空会社です。

なので、主要都市に住まわれている方には
あまり馴染みはないかもしれませんね。

では、「大手ともLCCとも競合しない」という
常識の逆を行く、知られざる4つの独自戦略を紹介致しましょう。

国内航空の新規参入は単独で経営を続けることは難しいことです。
事実、スカイマークやAIRDO(エア・ドゥ)などは経営破綻の後、
ANAホールディングスなどの支援を受け、経営再建を続けています。
そのほかも、ほとんどがANA資本の下、しのいでいるのが現状です。

しかし、フジドリームエアラインズ(以下FDA)は違います。
航空業界の常識の逆を行き、規模拡大を続けているのです。

日本は、狭い国土にも関わらず各地に地方空港がひしめき合っています。
最後の地方空港と言われたのは、富士山静岡空港ですが、
その開港に合わせて、静岡を地盤とする物流大手の鈴与が
「地元のために」と立ち上げたのがFDAです。
そして、いまだに鈴与の100%資本を貫いています。

最初に書きましたが、FDA最大の特色が、
「大手ともLCC(格安航空会社)とも競合しない」というものです。

ローコストだが、ロープライスではない。
地方と地方を結ぶ『リージョナル航空会社』というわけです。

航空会社は、羽田を起点とする「ドル箱路線」を欲しがりますが、
FDAは、あえて他社が見向きもしない地方空港路線を担います。
小牧~山形など16路線のうち10路線が、FDAの単独就航なのです。

その武器は76席、または84席の小型のリージョナルジェット機です。
FDAは、国内でいち早くブラジル・エンブラエル製の機材を導入しました。
聞きなれない飛行機かもしれませんが、世界では1200機も飛んでいる、
米ボーイングや欧州エアバスに継ぐ人気機種です。

こんな飛行機です。
  ↓
http://www.fujidream.co.jp/flight/kizai.html

国内航空の主流は170~180席のボーイングまたはエアバスの機材ですが、
地方路線を担うFDAにとっては大きすぎました。

エンブラエルの80席は、地方空港に適した絶妙なサイズ。
しかし、一方で、機材のメンテナンスや空港使用料などの運用コストは、
80席だろうが180席だろうがさほど変わりません。

ではなぜ、FDAは「地方路線」「80席」でも独立を維持し、
成長を続けることができているのか。
その裏にあるのが、4つの独自戦略です。

一つ目が、国内唯一となるエンブラエル機の
フライトシミュレーターの導入です。

山を切り開いて造成された富士山静岡空港のターミナルから
車で5分ほどの距離にFDAの「訓練センター」があります。
そこには、国内唯一のエンブラエル機の操縦訓練ができる
フライトシミュレーターがあります。
脱出訓練などを行うモックアップとあわせて、この設備のために
約20億円の投資をしたのです。

「フライトシミュレーター」や「非常救難訓練装置」など
充実した訓練設備を自前で持つことで、安全を確保できるほか、
乗員の増加や、経験のない地方空港での離着陸など、
急な需要に対応ができます。

一般にフライトシミュレーターは初期投資だけで20億円ほどかかるため、
創業時はJALやANA、あるいは海外航空会社の装置を借りるのが常識でした。

しかし、約30億円のエンブラエル機2機から始めたFDAは
当初から保有したのです。

2010年に経営破綻したJALが小牧空港から事実上撤退し、
この穴を埋めるようにFDAが本拠地を富士山静岡空港から移したのですが、
これが大幅な路線数拡大の契機となりました。

併せて、この時にJALなどから多くの操縦士が移籍し、
当初15人だった操縦士は90人以上に急増。
しかし、彼らはエンブラエル機など操縦したこともなく、
FDAが就航する地方空港の発着経験も乏しいという状況でした。

この時に、自前のシミュレーターがあったことで、
大手に依存することなく乗員の育成が行えました。

さらに自前のシミュレーターは思わぬ副収入をもたらしています。

JALグループのコミューター航空会社、ジェイエアも、
2009年からエンブラエル機を就航させており
この乗員の訓練のためにFDAの装置をレンタルしています。

そのためシミュレーターの稼働率はほぼ100%となっているそうです。
これにより、ジェイエアからの副収入は数億円に上るとみられています。

二つ目が、大手に依存しない販売システムです。

座席の販売や路線などを管理する自前の旅客販売システムは、
航空会社の営業の心臓とも言えます。
新規参入の航空各社の多くは、ANAの旅客システムを
“間借り”している状態ですが、FDAはこれを自社開発・運用しています。

これにより、システム利用料のコストがかからない上に
大手に営業情報を握られずに、新たな料金体系を導入できるなど、
経営の自由度が大幅に増しています。

2009年9月に空席状況によって運賃を変動させる
空席連動型運賃を国内で初めて導入しましたが、これにより
収益性が大きく改善されたといいます。

そのほか、空席が目立つ便の座席を直前に大幅割引で出す
「ドリームスペシャル」など、他社にはない独自料金を打ち出しています。
これらの影響で、就航初年度、49%だった全体の搭乗率は、
2015年度、地方路線中心にもかかわらず62.4%になりました。

3つ目は、大手にはできない地方自治体との連携です。

ほかの航空会社が見向きもしない地方路線に徹していることで、
自治体が旅客需要の掘り起こしに本腰を入れてくれるほか、
キャンペーンやチャーター便ツアーへの支援も得られています。

大手航空会社も企業ですから、地方路線からは
『もうからなければ撤退する』という姿勢を示しています。
その半面FDAは、同じ目線で本気で一緒に需要を開拓しなければ、
生きていけないという必死さと真剣さがあります。

旅客数が少ない地方空港を抱える自治体は撤退におびえ、
補助金を出すケースが多かったのです。
FDAの真摯な姿勢に自治体も、本気で一緒に考えるようになってくれる、
そういう関係ができてきています。

例えば、山形県の場合、需要喚起に7200万円の予算を捻出し、
三重・伊勢側の行政、観光関係者などを集めた連携会議を開催しているほか、
旅行会社と組んだツアー開発や山形空港から観光地へのアクセス改善などに
努めてきました。

具体的にどのような取り組みだったかというと、
江戸時代の人々は、「西の伊勢参り、東の奥参り」と、
三重県の伊勢神宮を「陽」、山形県の出羽三山を「陰」と見立て、
一生に一度は成し遂げねばならない風習として守っていたそうです。

そういう風習にあやかり、2016年6月、
出羽参りを終えた一行は、山形空港を出発し小牧空港に、
そして伊勢参りへと向かいました。
これは、FDAと山形県が中心となって企画した「山伏ジェット」という
キャンペーンの一環です。

2009年にわずか3路線から就航したFDAは、JALが撤退した路線などを
次々と復活させ、今では16路線68便に成長しています。
2015年度は黒字化を達成し、当初2機だった機材も11機に増えました。

経営不振に陥ったJALが真っ先に撤退した「松本~福岡」線。

長野県から「何とか飛んでもらえないか」と請われ、
FDAが2010年に就航しました。
九州の中高年向けにアルプスの魅力を伝え、
夏場の旅行需要を喚起する取り組みを県とともに重ねた結果、
就航当初、30%台だった搭乗率は夏場平均(2015年7~9月)で
80%まで向上したのです。

4つ目は、大手にはできないチャーター便です。

現在常時2機をチャーター便向けに割り当て、
発着枠が余っている地方空港までダイレクトにつなぐことで、
これまでにないツアー商品を旅行会社と共同で開発して、新市場を開拓しています。

JALやANAが、年間でも数十便にとどまっているのに対し、
FDAが昨年度に飛ばしたチャーター便は約900便。
累計では今年6月、2000便を超えたそうです。

北は稚内、中標津から南は宮古、与那国まで、全国53空港への就航実績があり、
今年度は約1500便のチャーター便を計画しています。

これが可能なのは、発着枠が十分に余っている地方空港発着に特化しているのと、
常時1機、7月から2機をチャーター便に振り向けているためです。

「観光バス2台分」という、ツアーに適したエンブラエル機の座席数、
初めての地方空港でもシミュレーター訓練がいつでもできること、
といった要素が重なり、チャーター事業の急拡大が続いているのです。

これを地方の旅行会社が支えています。

JTB中部の主催ツアーでは、
北海道の稚内や中標津空港を利用した自然を巡るツアーが好調とか。
今年も非常に人気が高く、ほぼ完売状態だそうです。

知床や利尻島・礼文島を巡る7~8月のツアー、
9~10月は、隠岐諸島、奄美大島、種子島・屋久島といった
離島を巡るツアー商品が人気だそうです。

おまけにFDAは、行き先の自治体や観光協会から、
プロモーション費用の補助やホテルの確保といった支援を得ており、
旅行会社を加え、三位一体で新市場の開拓をさらに加速させています。

チャーターで国際線進出も視野にいれており、
マラソン大会や学会といった国内イベントなどに合わせた
海外発着のチャーター便が、今年度内にも実現するかもしれません。

常識の逆を行く独自戦略で成長を遂げるFDA。
「航空風雲児」の躍進は、まだまだ続きそうです。

http://www.fujidream.co.jp/flight/kizai.html

中国はなぜメダルが減った?

リオ五輪も大きな盛り上がりの中閉幕し、
間もなくパラリンピックが始まります。
ハンディキャップをもった選手たちの超人的な能力には
偉大なものを感じます。

健常者の自分がもたもたとした生き方をしたら恥ずかしいと思いながらも、
精一杯応援したいので、私はしばらくは夜更かしが続きそうです。

でも、
リオ五輪はたしかに面白かったですね。

日本にとっては獲得メダル数が史上最多を記録し、
次の東京五輪に大きく弾みをつけるかっこうとなりました。

東京五輪については、エンブレムのトラブルや
新国立競技場のデザイン変更など、
いろいろありがたくない話題を提供してしまいましたが、
日本選手が地球の裏側のリオ5輪でこんなに活躍していると
4年後がとても楽しみになりますね。

リオ五輪では、驚くような出来事もたくさんありました。

プールが緑になったり、
マラソンコースに反政府抗議者が侵入してビラをまいたり、
ゴルフコースにワニやカピバラが侵入したり、
ナイジェリアの国歌を流すときにニジェールの国歌が流されたり、等々。

唖然とするようなアクシデントもありましたが、
それでも世界のトップアスリートたちがしのぎを削るのを見るのは
ワクワクしたし、なにより日本人選手が活躍したのが本当にうれしかったです。

ところで、リオ五輪で中国選手が思いのほか活躍しなかった、と
・・さんは感じませんでしたか?

そう感じたのは私だけではないようですよ。

中国国内外のメディアで、なぜ中国選手が急に金メダルを取れなくなったか、
というテーマの記事が散見されています。

北京五輪では金51個、メダル総数100個を記録した中国は
リオ五輪では金26個、メダル総数70個に激減し、
メダルの総数でいえば米、英に次ぐ3位でした。

日本の金12個、メダル総数41個(リオ五輪)に比べると
十分多いのですが、中国人たちにしてみれば、金の数が全盛期の半分になった、
英国にも負けた、どういうわけだ!?ということなのでしょう。

リオ五輪の開催前は、中国は金メダル最高36個が期待できる、
との予想もでていたようですが、それより10個も少ない。

特に体操。
ロンドン五輪では、体操はメダル12個中5個が金。
北京五輪ではメダル18個のうち11個が金でした。
それがリオでは銅が2個にとどまったのです。

多くの中国人は、選手の実力のせいではなく、
選手のメンタルが原因だと思っているようです。
つまりかつてほどハングリー精神、ガッツがなかった、ということ。

では、なぜ選手たちにガッツがなくなったのか。

中国メディアでは、
中国が金メダル至上主義でなくなった、とか
スポーツ大国で金メダルが減ること自体は悪いことではない、
といった論評があるようです。

例えば、ニューヨークタイムズの北京駐在記者のクリス・バークリーが
書いた記事の中身を簡単に紹介すると、次のような内容です。

中国はかつて金メダルの数でもって国力の増強具合の指標としてきた国だった。
しかし、中国は国際スポーツイベントにおいて、メダルそのものに
選手と納税者(国民)たちが、そこまで多大な犠牲を払うほどの価値を
確信しなくなった。

さらには、中国政府の体育管理部門のやり方も、
そうした時代の変化に対応できておらず、多くの人が批判的である。

五輪金メダリストのためにわが子を厳しい訓練の場に送り込む親も減っている。

今までは、地方の小都市・農村出身でも、スポーツ選手になれば
よい暮らしが送れると信じている親たちが、我が子を体育学校に
送り込んでいました。

しかし、子供の未来に五輪金メダリストの夢をかけるような
そうした親たちは減っており、同時に、余暇、趣味として
スポーツを教えるスポーツクラブや学校のクラブが人気になってきている、
と報じています。

そうすると、中国経済の改革と同じく、スポーツ行政も
改革論議が起こるべきなのですが、
中国の国家スポーツ育成システムを改革するということは、
多数の党員・公務員が飯のタネを失うことになるので
習近平主席率いる政府も思い切った改革もできないということのようです。

こうした状況について、
政治改革、腐敗退治、体育制度改革に注意を向けねば
今回五輪のような成績の低迷は続いていくだろう、と指摘しています。

中国の大衆は、国家の代理戦争という気持ちで
五輪を見ていた時代がありましたが、
徐々に競技そのものを楽しむように変わっていっています。

とはいうものの、中国の五輪への執着は依然強く、
中国の民衆は日本に対しても、まだ深い敵意を抱いているところがあるので、
中国政府は東京五輪で最多の金メダルをとることを選手たちに要求しているようです。

目標を東京五輪に置いているので、リオ五輪には若手選手をより多く参加させたため、
その分、成績が悪くなったという意見もあります。

実際、中国では、勝てば国家的ヒーローですが、結果を出さなければ
大バッシングを受けるプレッシャーにさらされ続けた結果、
心と体にかなり問題のある選手も、しばしばニュースになっています。

引退後、お金に困ってネット上で金メダルを売る選手や
窃盗などで逮捕される選手、ドーピングや過剰な練習によって
身体に障害を負った末、使い捨てにされた選手、
またメダルをとったとたん一気にセレブ扱いになり、
莫大な金が集まってくることで競技への情熱を維持できない選手などの問題は、
五輪の季節のたびに、中国でも社会問題として報じられています。

陸上や体操、レスリングといった競技はとくに、
そういった中国スポーツ育成システムの宿命を抱えていました。

実は、もう一点、重要なことがあります。
切実に中国経済が悪化しており、金メダリストに対して、
かつてのようなバブリーな賞金や企業スポンサーによる
副賞がなくなったということです。

たとえば、リオ五輪の金メダリストに対する国家体育総局からの報奨金は、
ロンドン五輪50万元のころの半分以下で、19万元に激減しました。
さすがに、これは選手たちのモチベーションが一気に下がるのも
仕方がないのかもしれません。
さらにいえば、地方政府とスポンサー企業からの副賞もかなり減ったようです。

例えば、騰訊ニュースによると、例えばリオ五輪の自転車トラック競技で、
中国史上最初の自転車競技の金メダルをとった宮金傑の故郷の
吉林省東豊県の書記が、彼女の父親に50万元の奨励金を贈ったことが
ニュースになりました。

これと比べて、北京五輪のときには、
卓球選手の王皓が卓球男子団体の金メダルを吉林省初の五輪金メダルとして
持ち帰ったとき、彼がもらった奨励金は、吉林省政府から120万元、
長春市政府から100万元、さらにスポンサー企業から68万元と豪華マンション一戸。
総額にすると、軽く6倍になります。

リオ五輪で男子水泳自由形200M、400Mで金、銀をとった孫楊は
ロンドン五輪のときに金2個銀1個銅1個というメダルを持ち帰ったのですが、
このとき彼が得た賞金、奨励金、副賞の総額はざっと4億元相当だったとか。

ざっくりといえば、北京五輪のときは省級政府からの奨励金は100万元から150万元、
市級政府で80万元から100万元が相場でした。
ロンドン五輪ではそれが、省級政府60~80万元、市級政府40~50万元に激減し、
リオ五輪では、さらに激減したようですが、その激減ぶりは
公的には明らかにされていません。

その背景には習近平政権の反腐敗キャンペーンが影響していると言われています。
詳細な状況は割愛するとして、習近平政権になってから、
地方財政がかなりひっ迫したうえに、いびつな体育行政と
それに伴う腐敗の問題が、反汚職キャンペーンのターゲットとして
追及されたことは確かなようです。

中国の選手にとって、得られる賞金・奨励金・スポンサー企業の副賞、
その後の安泰な生活への約束が、やはりメダルへの執着を支える
大きな要素ではなかったのか。

中国経済のバブル崩壊とともに、五輪の金メダルバブルがはじけたというのが、
リオ五輪の中国不振の大きな背景ではないだろうか。

このような内容のことが報じられています。

中国選手やスポーツ観戦客の競技観、五輪観の成熟、中国経済の失速、
どちらにしても、国家、共産党政府の与える政治的任務を果たそうと
厳しい練習に耐え歯を食いしばって金メダルに執着する選手は
今後ますます減っていくように思えるのですが、
東京五輪で、どのようになっているか静観したいと思います。

中国のことはさておき、4年後の東京五輪では、日本の選手たちが
正々堂々と戦い、素晴らしい活躍をしながら世界の交流の場となるよう、
心から願います。

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