中国では大躍進政策(1958-60年)の時代、
食料不足で数千万人もの人々が「餓死者」となったという苦い記憶があります。

そういう過去がある中で
現在、河北省や山東省、内蒙古自治区をはじめとする多くの地方で、
牛乳が農地にあっさりと捨てられているのです。

養豚農家でさえ、子豚を育てる飼料としての牛乳を買おうとしなくなっています。

いま中国の酪農農家は牛の飼育にかかる費用を節約するため、
牛を殺処分しています。

こうした農家の多くは倒産に追い込まれ、
酪農農家としてふたたび生計を立てる望みを絶たれているのです。

この悲惨な事態は少なくともすでに10カ月間続いており、
さらに深刻になる兆しを見せています。

一体なにが起こっているのでしょうか。

この数十年、中国では牛乳に対する需要が高かったのです。
現に2012年末の時点で、この「白い黄金」は
1キロ当たり5人民元(約90円)の売り上げを農家にもたらすこともありました。

銀行は、中規模から大規模の酪農プロジェクトに積極的に融資をしていました。
なかには雌のホルスタインを1万頭以上も輸入し、
飼育するプロジェクトもあったほどです。

船曳さんは、2008年に起きた牛乳へのメラミン混入事件を覚えていますか。

この現象は、牛乳へのメラミン混入事件が
今も尾を引いていることの結果なのです。

この事件では30万人もの乳幼児が、さまざまな腎機能障害を負いました。

事件が起きる以前、中国では牛乳に対する需要がきわめて高く、
農家は生産した牛乳を国内の乳製品メーカーに売っていました。

ところが、一部の乳製品メーカーが化学物質を添加して、
品質検査で不正を働いていたのです。

この事件以降、中国の消費者は国内産を信用せず
輸入ものの牛乳や乳製品のほうを好むようになりました。
(今でも日本製の赤ちゃんの粉ミルクの人気は非常に高いのです)

この頃は、中国の国内市場では中国産の牛乳が約30%のシェアを占めていました。
しかし、価格は1キロ当たり5人民元からわずか3.5人民元(約58円)に下がり、
牛乳の生産ではほとんど利益が出なくなったのです。

その一方で、消費者の需要に対応するために、
中国政府は、2014年1月~11月、
前年比20%増にもなる88万4000トンの粉乳を輸入しました。

さらに欧米の対ロシア経済制裁という、
外の世界で起きたありがたくない衝撃的事件が、
中国の酪農農家に打撃を与えたのです。

それまで欧米の乳製品の最大の輸入国だったロシアはこの制裁に対抗し、
欧州産の農産物を輸入禁止にしたのです。
その結果、ドイツやオランダ、フランスで生産された粉乳が大量にだぶつき、
他の国、つまり中国に売りさばくほかなくなったというわけです。

さらに、中国の市場があまりに大規模で影響力が大きかったため、
乳製品の価格は世界的に急落しました。

こうして、昨年1月には1トン当たり42万人民元(約756万円)だった
ニュージーランド産の粉乳は、11月にはわずかその半額で買えるようになりました。

この時点で、中国国内の乳製品メーカーは、
国内産の新鮮な牛乳を買うのをやめたというわけです。

メーカーにすれば、1キロ当たり2.2人民元で買える、
ニュージーランド産の輸入粉乳を水で戻す方が安上がりだったからです。

こうした事態の変化の中で、
中国の大規模な酪農農家が抱える弱点が露呈しました。

南北米大陸で生産される大豆かすやトウモロコシのかすなど、
高額な輸入飼料への過度の依存や、牛に与えるカロリーの低い牧草が
中国産の牛乳は価格が高いだけでなく、
たんぱく質含有量も劣るものになっていたことがわかりました。

さらに、5年前に北京の中国政府とニュージーランド政府間で合意した
自由貿易協定に基づいて、ニュージーランドから輸入される牛乳に
課せられる関税が約5%引き下げられ、
中国国内の農家にさらなる打撃をもたらしました。

こうした危機的状況に直面した中国政府の農業部(日本の農林水産省に相当)は
国内の大手乳製品メーカーを説得し、
国内の農家から牛乳を購入するよう働きかけています。

中国政府の官僚は、国益という点からも、
また将来的に国内の牛乳供給源を確保する目的からも、
こうした乳製品メーカーに国内産牛乳の購入を促しています。

官僚たちは、国内の酪農農家が経営破綻すれば、
乳製品メーカーは輸入牛乳に完全に頼ることになり、
貪欲な欧米の牛乳生産者のいいなりになるリスクを
負うことになると考えているのです。

農業部は政府の他の省庁とも協議してさまざまな助成策を設け、
国内の農家を現在の危機から救いだそうとしています。

しかし、長期的に見た最良の解決策は、
中国の酪農農家の生産性と効率を向上させること、
そして消費者から安心・信頼される牛乳を提供することではないでしょうか。
そうすれば競争力のある価格で牛乳を生産、販売することができるはずです。

ただしこれを実現するには、数十年とは言わないまでも、
何年もの歳月がかかる可能性があります。

一部のメーカーが個人の利益を得る為に行ったメラミン混入事件から端を発して
世界の出来事が影響を与えることで起こっている目の前の大きな問題は、
私達にも教訓を与えてくれるものだと思います。

日本では、東日本大震災のあと、放射能の影響で牛乳を泣きながら捨てている
酪農家の映像がありましたし、家畜を殺処分しているニュースもありました。
そのせいで多くの酪農家が倒産しています。

昨年末には、バターが品薄になっていました。
元々の原因は中国のそれとは違っているかもしれませんが、
世界経済の流れの中で共通する問題もあると思います。

想いを持って一所懸命に努力しながら家畜を育てている酪農農家の皆さんが
安心して事業ができる政治をしてほしいですね。