南沙(英語名スプラトリー)諸島を管轄する
フィリピン軍西方部隊の偵察機が、
コバルトブルーに輝く南シナ海を警戒飛行していると、
突然パイロットの目がくらみました。

中国が埋め立てを進めるスビ礁の上空でのことです。
パイロットは海上の中国船が強い光を照射したことを確認しました。

その直後に無線が入ってきました。

「あなたは中国の領土に入っている。出て行きなさい!」

ここはどこ・・・?
の、世界ですよね。

東シナ海には、フィリピン西部、パラワン島からほど近い所に
数多くの島、岩礁、砂州からなる南沙諸島と呼ばれている海域があります。

広大な排他的経済水域内の海底資源や漁業権の獲得のため
多くの国が自国領域だと主張しています。
ちなみに、海岸線から12カイリまでは領海、領空とみなされます。

そういう中で、南沙諸島で、にわかに緊張が高まっています。

中国が大陸から1000キロも離れた場所に船で土砂を運び、
埋め立て工事を急ピッチで進めているからです。

フィリピン軍は「軍事拠点化の進行だ」と懸念を表明しています。

南シナ海における埋め立てが明るみに出たのは
2014年5月ごろのことです。
フィリピン外務省が公開したジョンソン礁の空撮写真によると、
2年前には何もなかったのに、2013年2月に建造物、
2014年3月には広範囲にわたって土砂で埋め立てている様子が確認できました。

さらに、比軍が2015年1月に撮影した写真では、
ジョンソン礁やチグア礁で、高さ18メートル、6階建ての建物など
複数の大型施設を建設していることも確認しました。

ファイアリークロス礁には長さ3キロ、
幅最大600メートルの巨大な平地を整備していますが、
フィリピン軍は、滑走路の予定地だとみています。

建造物などの工事が進む5カ所に加えて、
ミスチーフ礁とスビ礁の2カ所も埋め立て工事中と判明。

フィリピン外務省が推計した埋め立て面積の合計は
すでに約300ヘクタールにも達し、
東京ドーム64個分に相当する広さになっています。

「南シナ海のほぼ全域は自国領だ」と主張する中国の言い分に
根拠がないとして、フィリピンは2013年に、
国連海洋法条約に基づく仲裁裁判の開始を通告しました。

同条約の規定によると、一方の当事国が通告すれば
仲裁手続きを始めることができるのです。

仲裁裁判の結果は、フィリピン側が提出した大量の書類などをもとに
2016年には出る見通しですが、
フィリピンに有利な裁定が出る可能性があるというものの、
中国はこれに従わないとみられています。

中国は、その判断が出る前に、埋め立てによって
実効支配を既成事実化しようと狙う思惑があるとみられます。

もちろん、米国は中国の埋め立てを繰り返し批判しています。

フィリピンのほかにベトナムも
南シナ海の領有権を主張して中国と対立してきましたが、
いままでは、親中派のカンボジアなどが対中強硬姿勢に反対するため
なかなか一枚岩になれなかったのですが
ここに来て東南アジア諸国連合(ASEAN)全体に
中国への警戒感が高まりつつあり、対応に変化が見えはじめました。

これまでインドネシアは中国の動きを静観していました。
中国が埋め立てによる実効支配を着々と進める事態を受けて、
インドネシアの中国に対する対応が変わり、
ナトゥナ防衛に乗り出しています。

ボルネオ島北西部にあるナトゥナ諸島は
第2次世界大戦直後からのインドネシア領で、
「領有権問題は起きたことはない」のですが、
最近になって中国はナトゥナ諸島の一部の領有権を主張しており、
インドネシアが警戒を強め、軍備増強に着手したとの観測が広がっています。

中国が埋め立てを進めるスビ礁は
滑走路が建設できるほどの広さがあります。

英国放送協会(BBC)は2014年「インドネシア軍が
米国から購入したアパッチ攻撃ヘリをナトゥナ諸島の
大ナトゥナ島に展開している」と報じました。

専門誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウイークリー」も、
インドネシア海軍が基地を増強し、
補給などの後方支援施設や、主力戦闘機を運用できるように
空軍基地を拡充する計画もあると報じています。

中国が南沙に軍事拠点を設けた場合は、
南シナ海に面するすべての国々が脅威に直面することになります。

南沙諸島にとどまらず、中国は昨年、ベトナムが領有権を主張する
西沙諸島近くで石油掘削を強行しました。

ベトナムはフィリピンに、
「戦略的パートナーシップ」の締結を呼びかけ、
両国は合同軍事演習を柱とした包括的な提携に向けて
協議を進めているようです。

ASEAN外交筋によると、「いつどこの国に矛先が向くかわからない」との
緊張が高まるなか、

4月26日、マレーシアの首都クアラルンプールで開いた
ASEAN外相会議後の記者会見では、
議長国マレーシアのアニファ外相が
「(中国の埋め立ては)中止するのが望ましい」と明言しました。

結束を強めるASEANと、
埋め立てを既成事実化しようとする中国。

そして南シナ海の緊張の高まりに警戒を強める米国や日本。

今後、同海域を巡る駆け引きが一段と激化することは
避けられそうにありません。

フィリピン軍は最近まで戦闘機を1機も保有していませんでした。
2014年に韓国から「FA−50」12機を購入したのですが、
実際の配備はまだ先になる見通しです。
中国が南沙諸島で埋め立てを強行するのも、
フィリピンの軍事面の脆弱さや、アジア重視を掲げながら
軍事費を削る米国の足元を見透かした動き、とも言えるようです。

中国は埋め立てについて「民間事業の目的だ」と説明していますが、
軍事拠点だとすれば周辺国の安全保障に直結する重大な事態です。

これは、東シナ海を挟んで中国と向き合う日本にとっても
対岸の火事ではありません。

昨年10月、米比軍が実施した、占領された島の奪還を想定した軍事訓練に、
自衛隊が初めてオブザーバー参加しました。
日米は防衛協力のための指針(ガイドライン)を18年ぶりに改定し、
自衛隊が南シナ海で監視や情報収集に携わる可能性も指摘されています。

最近、頻繁にニュースでも報道されていますが、
中国はアジアインフラ投資銀行(AIIB)の創設に
欧州の先進国も巻き込み、経済的な影響力を強めようとしています。

日米はAIIB参加に慎重な姿勢を崩していませんが、
経済と軍事の両面で存在感を増し続ける中国と、今後どう向き合っていくか、
まさに難局に直面しているようです。