北京の首都国際空港。

一歩足を踏み出すと、そこは霧が立ち込めたようなすすけたモヤの外気。

最近の中国は微小粒子状物質(PM2.5)による深刻な大気汚染に加え、
垂れ流しのどぶのような河川など、生活を脅かす「汚染」ニュースが絶えません。

そして、最近では使用期限の切れた鶏肉の再利用も発覚し、
食品衛生などに向けても人々の不満は大きくなっていますが、
政府の対応は遅々として進んでいない状況です。

堪えかねた市民が「不!(NO)」を叫び始めました。

7月中旬の蒸し暑い昼下がり。

北京のある小道を、物憂げな表情の三蔵法師一行がとぼとぼと歩いていました。

よく見ると、ゴミ拾いのまっ最中。

たばこの吸い殻、麺類の容器、新築マンションのチラシ――。
道端に散乱する大量のゴミを1つずつマジックハンドで拾い上げ、
タイヤが付いた「白馬」の首にぶら下げたゴミ箱に黙々と放り込んでいました。

「こんなゴミだらけの街で子供を育てたくない」。
沙悟浄(さごしょう)姿の李想さん(33)は憤っています。

孫悟空、猪八戒も含めた4人の仕事は、映画のエキストラです。

有名な「西遊記」の格好でゴミを拾えば注目を集めるはずと考え、
衣装は通販サイトで購入し、「西遊環境保護隊」を立ち上げたのです。

ねらいは当たった!

周りに人々が群がり、手に持つスマートフォンで彼らの様子を撮影。
すぐさま情報共有サイト「QQ空間」や、
チャットアプリの「微信(ウィーチャット)」などを通じて

「見て、見て! こんな人たちがいるよ」と多くの知り合いに発信していきます。

日本ではボランティアによるゴミ拾いは珍しくありませんが、
中国ではゴミのポイ捨てが当たり前。
彼らの姿は驚きをもって受け止められたのです。

年々深刻化する環境汚染は中国人の健康を確実に脅かしています。
データにもはっきりと表れています。

世界保健機関(WHO)によると「肺、胃、肝臓、食道」の
4つのがんの発生数、死者数は中国が世界一なんです。

新規患者を国籍別でみると、中国人の比率が、肝臓がんと食道がんは5割、
胃がんは4割、肺がんも3割を超しています。

その比率は世界人口に占める中国の比率(19%)を大きく上回り、
大気汚染などが原因で平均寿命は5年半も縮まっているそうです。

先ほどご紹介した李想さんらの「西遊環境保護隊」の活動が支持を広げているのは、
環境汚染が行き着くところまで来てしまい、
「このままではどうなるのか」と市民の意識を揺さぶり始めているからでしょう。

海外の観光客は中国を敬遠し、外資は直接投資をためらっている現状があり、
中国の国際競争力の低下を招いているとの指摘さえ出始めています。

中国政府がまとめた「大気汚染に関する行動計画」では、
北京など汚染が深刻な地域のPM2.5濃度を
25%削減する目標を打ち出しています。

大気汚染の主因である自動車の排ガス規制も、
2014年春に「排ガス規制に適応しない古い自動車を
年内に600万台廃棄する」と決定し、
31省の自治区・直轄市に廃棄台数を割り当てました。

しかし、実行部隊の地方政府が本腰で取り組まなければ効果は期待できません。

上海に隣接する港町として有名な江蘇省太倉市は、
中央政府の指導を受けて、大気汚染対策とし農家の野焼きを禁止しました。
そして、「放置した役人は更迭」というルールも作りました。

市の担当者らは連日農村を車で巡回し、煙が上がった畑を見つけると、
すっ飛んで行ってやめさせたのです。

たしかに収穫後の小麦やトウモロコシの茎や枝を燃やせば、
大量の煙が広範囲に舞い上がります。
しかし、燃やさなければ、二毛作の畑に次の農作物を植えることができないのです。

困った農民らは、大量の茎や枝を河川に投棄し始めました。
すると、市内の河川は至る所でせき止められ、
市政府は水質汚染や洪水など新たな問題に頭を悩ませることになったのです。

このような、場当たり的な対策は、住民の不満や不信を増幅させるだけでした。

6月下旬には山東省青島市で、ビール会社が基準値を超す汚染水を
川に垂れ流していたことが発覚しました。
だが、ビール会社に科した罰金は、わずか654元(約1万800円)。

企業は大金を投じて汚染対策を施すより、
汚染水を流して罰金を払った方が安くつくというのです。

機能しない行政の対応に地元住民の怒りが爆発するのは当然です。

効果の上がらない行政の対応にしびれを切らした富裕層の中には、
北京など大都市から脱出する「環境移民」も増えてきています。

南部の広西チワン族自治区の山奥にある巴馬(はば)ヤオ族自治県。
人口25万人の同県に、今年5月までだけで135万人もの「観光客」が押し寄せました。

多量のマイナスイオンを含んだ空気、
豊富なミネラルを有する水、
病気に効用があるといわれる山の磁力――。

「一石三鳥」の効能を信じる人波は絶えませんでした。

人気の高まりに乗じて、巴馬の水を採取したミネラルウオーターを
扱う会社は17社に上りました。
ある食品飲料会社の社長は「巴馬の水は300%成長が続いており、
2020年には200億元規模まで市場の拡大が可能だ」と
中国メディアに豪語しています。

台湾統一集団や深圳華顕など大手不動産デベロッパーは、
北京など大都市からの「環境移民」需要が高まると見込んで、
続々とマンションを建て始めています。

今後、住民が急増すれば上下水道や電気ガスなど
インフラを構築しなければなりません。
せっかくの自然環境を汚染しかねないのですが、
彼らは、そんなことはお構いなしのようです。

都市部を逃げ出す余裕のない一般市民は、
自衛策を講じるしかありません。

たとえば赤ちゃんを抱える家庭では、粉ミルクの「代購」が流行しています。

1998年、水で薄めたミルクのタンパク質含有量を高く見せかけるため、
中国の乳業各社が有害物質のメラミンを混ぜる事件が発覚しました。
これにより、一気に国産ミルク離れが進んだのです。

代購とは、海外在住の中国人が買った外国製の粉ミルクを、
希望する中国内の家庭に郵送する仕組みです。
安全な粉ミルクを安く買えるとして人気を呼んでいます。

ある代購サイトでは、英国産の粉ミルクが900グラム入りで140元と
中国内スーパーの販売価格の3~5割程度。
安全性を証明するため、陳列棚に並ぶ商品の様子や購入シーンを撮影した
ビデオ映像もネットで閲覧できるようです。

そして、地域ぐるみの環境保護運動も広がりつつあるようです。

7月中旬の日曜日、東北部の港町の大連(遼寧省)郊外の湖畔に
老若男女が集い、ゴミを拾い、雑草を駆除しました。
「大連市環境保護志願者」の会員数は、1000人を超えています。

駆除する雑草は、かつて街の緑化を目指した市政府や不動産デベロッパーが
仕入れた南米産の芝生に混じっていたもの。
どんどん育って日光を遮り周辺の樹木が育たなくなっているのですが、
地方政府の対策は手つかず。

30代の船乗りの劉国軍は、陸に戻る度に活動に参加しています。
「日本や韓国のような環境が良い所は住み心地がいい。
中国もそうなってほしい」。

彼の言葉からは「反日」は感じられません。

対策が後手に回る地方政府が、
高い環境技術を持つ日本企業に助けを求める姿が目立ってきています。

地方幹部の人事考課に環境対策の成果が反映されるようになり、
「反日」ばかり叫んでいられなくなったからです。

三菱日立パワーシステムズは7月、
中国の電気集じん機メーカー最大手の浙江菲達環保科技(浙江省)と
合弁会社の設立で合意しました。

両社の技術を活用し、3年後にはPM2.5除去システムで
売上高200億円をめざすそうです。

習近平国家主席は、環境問題への危機感を強めています。
PM2.5の発生源の約2割を占める石炭火力発電所は、
今後も年5000万~6000万キロワットの増設計画があります。

三菱重工業でエネルギー・環境部門を担当する副社長の前川篤氏は
この状況が続く限り「これからもPM2.5で膨大な需要が出てくる」と
予測しています。

「市民の抗議が殺到しているので、3カ月で改善できないか」。
宮崎県延岡市の清本鉄工は大連市政府からこんな依頼を受け、
膜と微生物を組み合わせた汚水処理プラント(日量5千トン)を
1年がかりで建設しました。

これにより、同市の保税区に集積する自動車部品工場が汚水を垂れ流し
異臭を放っていた河川は、徐々に清らかな流れを取り戻しています。

 現地法人の総経理、石本順一氏は「日本では当たり前のプロセスを踏めば、
中国では競争力となる」と強調しています。

どういうことかというと、
水質を改善する薬品など適切なランニングコストを投じ、
問題が起これば速やかに報告する。
日本企業の維持管理ノウハウを継続していれば、
中国では信頼につながるというのです。

もともと中国で工場が外部に放出できる水質の規定は、
東京湾の基準よりも厳しいそうです。
それでも汚染水の垂れ流しが止まらないのは
悪質な業者が賄賂で規制を逃れる事例が後を絶たないからです。

ところが、最近は市民パワーが不正を許さなくなってきているので、
物言う市民はネットという武器を利用し、
職務怠慢な地方政府の幹部らを名指しで告発するようになったのです。

習近平指導部は、汚職や腐敗に手を染め、
抗議デモを収拾できない地方幹部の責任を問う方針とされています。

この流れが「日本企業頼み」を加速させているようです。

東北部のある地域で日本企業から下水処理設備を導入した事業の関係者は
「日本企業ならリベートや賄賂が飛び交わないというイメージが定着しているから
発注しやすい」と解説しています。
地方政府幹部にしてみれば「日本企業に発注すれば
中央政府に清廉な印象をアピールできる」というわけです。

「日本は環境先進国」
「日本の技術なら間違いない」・・・。

反日のコメントが多い中国のネット世論も、
環境技術では日本を素直に評価する書き込みが目立っています。

日中両政府がいがみ合っても、
市民にとって重要なのは澄んだ空気や安全な食品です。

環境技術を巡る日本への好意的な視線は、
日中関係の行き詰まりを解く糸口になるかもしれません。