エドワード・シルベスター・モース展
「明治のこころ~モースが見た庶民のくらし~」が
昨年、江戸東京博物館で開催されていました。

日本人とは何か?
モースさんをヒントに、外国人の視点から日本人を再確認してみることにしました。

2回に分けてお送りしますので、
日本人の素晴らしさを誇りをもって、改めて認識してみませんか。

それでは、モースさんの言葉や収集したものをいくつかご紹介いたしましょう。

「通りには商店が並び、まるで誰もが店を開いているように思えるほどだ。」

「店は奥までが開け放たれている。客はその店の家族が食事をしたり
家事をするのを見ることになる。
私はある家で、ご婦人が赤ん坊に乳を飲ませながら熟睡しているのを見た。」

何ともほほ笑ましいですが、今ではあり得ない光景です。
すべてが開けっぴろげだった日本人。

また、商売が金もうけというより、みんなで生きる知恵のようです。
誰かが誰かのために、モノをつくる。
それを使う、楽しむ。
そんなことが循環して町が成立していたのです。

げた屋、ちょうちん屋、陶器人形屋、酒屋、果物屋、八百屋。

店を構えていない者も、羅宇(らう)屋(キセルのこと)、易者、
巡り観音屋(観音様を背負ってどこでもお祈りする)など
生活に必要なことはすべてが商売になっていたようです。

これこそ日本の目指す経済なのかもしれません。

道具で面白いのは、掛け花入れ。
トンボやバッタやキノコの形をしたもので、
まるで、花に止まったかのような蜻蛉の姿。
細い竹細工ですが、日用品にここまでこだわる日本人はすごすぎますよね。

その他にも、折りたためる小さなモバイルあんどん、
うさぎの形をした手あぶり火鉢など。

もう、とんでもなく楽しい日常です。

「すべての細工に関する興味は、
日本人が模倣する動物の形態を決して誤らぬことである。
理由は、彼らが自然を愛し、かつ鋭い観察力を持っているからである。」

それがモースさんの感想です。

そして子どものこと。
「世界中で日本ほど、子どもが親切に取り扱われ、
そして子どものために深い注意が払われる国はない。」

子どもの笑顔がみんなの笑顔になる。
江戸はそういう時代だったということです。

その膨大なコレクションは、すり減った下駄や手あぶり火鉢、
くし、きせる、うちわなど使い古しの民具たち。
江戸の暮らしが色濃く残る日用品に、
モースさんはすっかりとりこになってしまったようです。

残念なことに、わずか40~50年のうちに、
日本の暮らしがすっかり変わってしまったんですね。

では、なぜモースさんはこれらの古民具を買いあさったのでしょうか。

その答えは。
「この国のありとあらゆる物は、日ならずして消え失せてしまうだろう。」

米国にはない実用と美しさを両立させた日用品。
その喪失を予感していたのでしょう。
もったいない、ことです。

モースさんが器用に描かれたスケッチと説明文、写真、そしてコレクション。

彼の慧眼(けいがん)に驚くと共に、日本人への警鐘だと思うと心が引き締まる思いです。

「外国人が、日本に数カ月滞在すると、次のことに気づき始める。
自分の国で失われつつある美徳や品性を、
日本人は生まれながらに持っているらしい。

礼儀正しさ、他人への思いやり、自然に対する愛。
こうした特質は恵まれた階級だけでなく、最も貧しい人たちも持っている。」

モースさんも気付きました。
日本人は階級に関係なく、その日その日を前向きに生きている。
だから、みんな幸せの笑顔を放っていると。

その一例が、結婚のこと。
当時のアメリカでは、すでに家財道具をそろえるお金がないと
結婚をあきらめる風潮があったそうです。
今の日本でも同じですね。
経済力がないと結婚できないという思い込みが出来上がっています。

一方この頃は、たとえ貧しくても結婚を諦めることはなかったそうです。
長屋には布団、鍋釜など家財道具のレンタルが並び、
何もなくても結婚したいと思えばできた。
気持ちさえあれば、モノや生活は何とかなるというポジティブな生き方です。

私たち日本人は、先祖から受け継いだDNAにもう一度気付きましょう。

今回はここまでとします。続きをお楽しみに!