前回に続いて、外国人から見た日本の姿を考えてみましょう。

56号の続きです。

16世紀にイエズス会から布教のために派遣されて来日した
ポルトガル人のルイス・フロイスさんです。
彼がやってきたのは、フランシスコ・ザビエル上陸の36年後。

大航海時代真っただ中で、フロイスさんは日本在住中に
様々な文書を書き残しました。
その中で特筆すべきが「日本覚書」です。

その中の記述から抜粋しています。

まずは、「男性、その風采と衣服に関して」の項。

「われらにおいては、彩色の衣服をまとうなど
軽率で笑うべきこととされるであろう。
日本人においては、仏僧と剃髪した老人のほかは
彩色の衣服をまとうのが一般的である。」

今のダークな色合いをまとった日本人は、西洋の真似をしているにすぎない。

もっとパッと、色とりどりが日本人らしいと書かれている。
それさえ取り戻せば、世の中、もう少し明るくなるはずだということのようです。

「女性と、その風采と衣服に関して」の項では、
「ヨーロッパでは、妻は夫の許可なしに家から外出しない。
日本の女性は、夫に知らさず、自由に行きたいところに行く。」

元々、女性は家になんか縛られていなかったようです。
今の女性の行動力や自由さは、元々の素養。
女性のほうが、いち早く日本人を取り戻しているようですね。

「児童、およびその風習に関して」の項。
「ヨーロッパの子供は、青年になっても、口上ひとつ伝えることができない。
日本の子供は、十歳でも、それを伝える判断力と賢明さにおいて
五十歳にも見える。」

この頃の子どもに会ってみたい、そんな気持ちにさせる記述です。
今や、過保護な日本の子供は、欧米に先を越されてしまったようです。

さらに、「日本人の食事と飲食の仕方について」の項では。
「われらは食卓で談話するが、歌ったり踊ったりはしない。
日本人は、食事がほとんど終わるころまで談話しないが、
あたたまると踊ったり歌ったりする。」

これはさすがに受け継がれていますね。
新橋の酔っぱらいオジサンやカラオケボックスは、伝統芸。
普段は礼儀正しいけれど、楽しくなると思いっきり羽目を外す日本人。

「家屋、建築、庭園、および果実について」の項。
「われらは、宝石や、金片、銀片を宝とする。
日本人は、古いお釜や、古いひびが入った陶器、土器などを宝物とする。」

そうですね、日本人は金品に目がくらむのではなく、
使い続けてきた道具にこそ価値を見いだす民族でした。
だからこそ、技術が継承されていきます。
しかし、不安なのはその技術が途切れそうなことです。

ちょっと見ただけでも、フロイスさんの記録はかけがえのない
日本人の価値を表したもので、今の日本人とはかけ離れているように感じます。

何を捨ててきてしまったのでしょうか、再考の時です。

最後は、明治に来日したイザベラ・バードさん。
旅行家で、紀行作家の英国人の女性です。

「日本奥地紀行」という本を残していますが、
4カ月にわたって、通訳兼従者として雇った日本人とともに、
東京から日光、新潟を抜けて北海道まで旅した記録です。

端的に表した文章がこれです。

「私はそれから奥地や蝦夷を1200マイルに渡って旅をしたが、
まったく安全でしかも心配もなかった。
世界中で日本ほど婦人が危険にも無作法な目にもあわず、
まったく安全に旅行できる国はないと信じている。」

前述の「日本覚書」にも出てきましたが、
女性が自由にどこへでも行ける国、それが日本。
300年たっても変わっていませんでした。

バードさんは、旅の終わりにはこう書いています。

当初は不潔で貧しく、文明化できない人たちとも感じていたようです。
村に泊まったときは、ネズミが彼女のキュウリを食べたり、
ノミが寝床にたくさん出てきて眠れぬ夜も体験しています。

その否定的な見方が、旅を続けるうちに肯定へと変化していったようなのです。

また、こんなことも書いてありました。
「昨日、革ひもを一本落としてしまいました。
もう陽は暮れていましたが、馬子は一里引き返して、見つけてきてくれました。
お礼に、チップを渡そうとするのですが、彼は受け取ろうとしません。
旅が終わるまで、無事に届けるのが、当然の責任だというのです。」

こんなにも誠実な人が、同じ日本人。
いつどこで変節したのか、考えさせられることばかりです。

しかし、先日テレビで若者の前に財布を落としたらどうするかということを
隠しカメラで撮影したところ、100%の人が近くにいたガードマンに
渡していました。
これは嬉しかったですね。

アイヌの地では。
「彼らは熊や太陽、月、火、水その他いろいろなものを崇拝する。
彼らは、文明化しないにもかかわらず、魅力的で、
私の心を強くひきつけるものがある。
彼らの微笑のすばらしい美しさを、私は決して忘れることはあるまいと思う。」

日本人がずっと携えてきた自然信仰。
わずか140年ほど前には、列島の隅々に残っていたに違いありません。
それにしても、バードさんは日本人さえ入らない奥地にまで潜入。

頭が下がります。

こうしてバードさんは、旅を通して日本人の美徳に気付きました。

農民をはじめ、すべての日本人は、その階級に関係なく、
礼儀正しく勤勉で、親切丁寧な生きる作法を身につけている。
それが、社会をまとめる根っこになっているのだと。

さて、3人の外国人から見た日本人。いかがでしたか? 

笑顔、あけっぴろげ、礼儀正しい、丁寧、生活を楽しむ工夫、
そして、何より生きることに前向き。

昨日と同じ今日、今日と変わらない明日を願うけれど、
そこに楽しい工夫をひとひねり。

そうすることで、自然と笑顔が生まれる。

いまさらながら、外国人から教えられました。

今、こうして素直に日本を振り返ると、そこにはキラキラした日本人の姿。
未来には、明るく、前向きな気質が不可欠だったのです。

あきらめず2014年こそは明るい年にしましょう。
明るい笑顔があふれる国に!