この「国籍」の由来は戦前にまでさかのぼります。

様々な歴史の流れのなかで、日本には朝鮮人と呼ばれる人たちが
たくさん住んでいました。

1910年の日韓併合以降、当時のコリアンはすべて日本人となり、
それゆえに日本国籍保有者となっていました。

ところが、第2次世界大戦が起こり、
1945年以降、在日コリアンはその日本国籍を失うことになりました。
そのときに便宜上つけられたのが「朝鮮籍」で、これは法律上の国籍ではありません。

その後、韓国と日本の国交は正常化したので、朝鮮籍の人々は、
韓国籍を取得することができるようになりました(日本国籍も取得可能)。

なので、いわゆる「北朝鮮籍」の在日コリアンは日本には存在しません。

今回レポートを参考にさせていただいた方は、日本にいながら無国籍なのですが、
なぜこんなことになっているのかというと、生まれたときの国籍が朝鮮籍で、
その後、どの国籍も取得していないからなのです。

生まれた状態で受け継いだものを、不便だからという理由で変えるのは
何かおかしいと思うので、彼は朝鮮籍のままで生きてきたのです。

「何かおかしいと思う」という気持ちをより詳しく言うと、
人間が生まれ方によって不利益を被る事態の方が根本的に間違っているわけで、
自分のステータスを変えるのは、その間違っている事態に屈するような気が
しているというわけです。

彼のように「朝鮮籍」のままを維持している人は現在5万人もいません。
例えば彼の通った朝鮮学校の学生も、多くの人は「便利だから」と、
また一部の人は葛藤を覚えながらも、日本国籍や韓国国籍を取得していったのです。


このような無国籍者は世界でもごく少数だと思われているかもしれません。

しかし、推計によると、無国籍の人は世界に1000万人以上いるとされています。
この推計が正しければ、地球に住む人の100人に1人は無国籍となる計算です。

無国籍者の中には、いわゆる市民権を持たず、
国からの庇護を全く受けられない人も存在しています。

無国籍者の問題は、一つひとつが固有の事情を抱えていて、
本来であれば一括りにできるようなものではありませんが、
敢えて分類してみると、人が無国籍になる理由はだいたい3種類に分けることができます。

まずは、植民地支配や紛争などが背景にある人々です。

例としては次のようなケースがあります。

?クウェート: 
クウェート独立時に国籍を取得できなかった人々が約10万人います。

国からの恩恵をほとんど受けられていないため、多くの人はスラムに住んでおり、
その生活状況は時が経つにつれて悪化しています。

2011年には市民権獲得のための大規模なデモが起こっていますが、
事態は大きく改善されていません。

?パレスチナ:
ガザ地区やヨルダン川西岸地区に住んでいるパレスチナ人。

パレスチナ人としてのパスポートを有してはいるものの、
多くの国からは国として認められていません(これを無国籍というかには議論がある)。
現在では、イスラエルへの帰化を申請するパレスチナ人も一定数いるようです。


次は、宗教や民族上の理由により、その国の市民権を認められていない人々。

例えば

?ミャンマー:
ミャンマーに暮らすイスラム系の先住民族であるロヒンギャ族。

彼らは、ミャンマーの市民権を有していません。
その数は約100万人。
仏教国であるミャンマー内では迫害の対象となっており、
かつ周辺諸国からも難民認定されていないため、海外に逃亡しても
不法移民扱いされています。

?ブルネイ:
ブルネイの永住権を有しているものの、ブルネイの国籍は
血縁ベースで認定されるため、現地の中国系・インド系の人々は
祖父母の代からブルネイに住んでいてもブルネイ国籍を有していません。

International Certificate of Identityという書類があり、
それがパスポート代わりとなっています。


最後に、制度の不備や政府の不作為で、意図せぬうちに国籍を失ってしまった人々。
これには様々な類型がありますが、例えば次のようなものがあります。

?ギリシャ: 
1998年までに存在していた法律により、
生来のギリシャ人ではなくて、ギリシャに戻る予定がなく外国に出た人々は、
もともと持っていたギリシャ国籍を失うことになりました。

主な対象はトラキア人で、この法律により無国籍となった人は6万人程度とされています。

?インドとパキスタン: 
インドで捕まったパキスタン人とパキスタンで捕まったインド人
(不法入国やスパイ容疑など)達の中には、両国から市民権を否定され、
無国籍になっている人々がいます。


こういった無国籍者の問題がほとんど知られていないのには、
いくつかの理由があります。

第1の理由は、無国籍者のほとんどが自分の居住国や地域を出ることがないからです。
大抵の無国籍者は、海外に出ることはなく、一部の生活圏にとどまって
暮らし続けています。

無国籍者が一部の地域にとどまっている背景には、
彼ら・彼女らにはパスポートが存在せず、海外への渡航が
制限されているということがあるのでしょう。

無国籍の問題が最もクローズアップされるのはその人が海外に出る際においてですが、
パスポートを持たず、かつ問題を起こしたときに駆け込むことのできる
大使館を持たない人は、よほどの理由がない限り海外に行こうとはしません。

結果として、国際社会でこういった問題が知られることは少ないのです。

第2の理由は、無国籍者らは個別の国ではマイノリティー(社会的少数派)で
あるとともに、権力からは遠い場所にいることが多く、
その声が外に届くことが少ないためです。

例えば、ミャンマーのムスリムであるロヒンギャ族を巡る問題は、
つい最近までほとんどクローズアップされてきませんでした。

もし人権関連の国際NGO(非政府組織)によるかなり強烈なロビー活動がなかったら、
問題は広く世間に知られることもなく、米国のオバマ大統領が
ミャンマーのテイン・セイン大統領との会談において
ソフトな勧告を与えることもなかったでしょう。


社会には、その中にある課題を解決していくメカニズムが備わっています。

しかし、知られていない問題については、このメカニズムは機能しません。

マイノリティー(社会的少数派)の問題は、マイノリティーだけの働きによって
知られるようになることは少ないのです。
当事者が立ち上がることも重要ですが、その当事者をサポートする人々がいてこそ、
課題は解決に近づくのです。

大多数の人は、普段の仕事でこういった事態に直面することはないし、
事態を知っていたところで仕事の役に立つことはないかもしれません。

それでも、例えば今回紹介した国籍のような、
ある人にとっては空気のように当たり前だと思っていたことが実は当たり前ではなく、
そのために困っている人が世界中にいるという事実は、知るに値するでしょう。


人はいつ制度の狭間に落ちて不利益を被るか分からないものです。

例えば、あるビジネスパーソンは、海外勤務と関連した国籍変更手続きの際に
無国籍になってしまいました。

国籍を変更するには、元の国籍を離脱した後に、
新しい国籍の取得を申請することが多いのですが、元の国籍を離脱した後に、
手違いで新国籍の取得ができず、元の国籍の回復もできなくなってしまったのです。

私たちは、こういったことにも関心を持つことに意味があるのではないでしょうか。