英会話の最大の障害を取り除く

今日のポイント

・英会話の最大の障壁はぎこちない「間」。

英文を考えてから口にするので、英語がすぐに言葉が出てこない。そのため、日本人同士の会話のような自然さが生まれない。日本人が何を考えているか分からないと思われてしまいます。

 

妻(または母、恋人)から小言を言われたとします。

もし、あなたが素直に「ごめん。ぼくが悪かった」と謝れば事は丸く収まります。ところが、人間はつい反論したくなってしまいます。

 

 ここで2つの反抗的な態度が考えられます。

 (1)「そんなこと言ったって、お前だって悪いじゃないか」と相手に大声で怒鳴り返す。

 (2)ただ、何も言わずに相手を無視する。

 

 さて、どちらがより険悪なムードにつながるでしょうか?

 

 みなさんの家族によってそれぞれ違うかもしれませんが、英米で絶対に取ってはいけない態度は(2)です。愛情の反対は憎悪ではなくて、無視だからです

 

 英語文化圏では話し合うのが人間関係の基本です。夫婦でも以心伝心ということはなく、何でも話して理解を深めるという発想です。

 

 これを象徴した表現があります。

  We need to talk. 話したいことがあるんだ。

 

これは深刻な話をしたい場合に使います。夫婦なら愛情にひびが入り始めているような場合です。職場なら上司が「お前は給与分の仕事をしていない」と警告をするような場合です。もちろんもっと軽く用いる場合もありますが、一般的には事の重大性を相手に認識してもらいたいときに使います。

 

 話し合いが始まったら、相手に腹蔵なく話します。お互いに自分の言い分をはっきりさせ、合意できるまで話すのです。この際は相手の目を見て話し、言葉を濁すような言い方をしてはいけません。

 

英米文化において、最もやってはいけないことは「コミュニケーションを切ること」であり、「言葉を濁す」ことです。これは程度の差こそあれ、日本語での会話でも同じことでしょう。

 「そんなことは言われなくても分かってる。俺はそんなことはしてないよ」

と、反論する方が大半ではないでしょうか。しかし、ぼくの見たところ、それがそうでもないようです。

 

もう少し正確に言いましょう。コミュニケーションを意識的に立ち切る人は少ないでしょう。でも、言葉を濁す人はけっこういます。と言うより、濁したつもりはなくても相手にそう受取られることをしてしまうことが多々あります。コミュニケーションを遅らせることがその代表例です。

 これだけの説明では分かりにくいでしょうから、具体例を挙げます。

 

恋人女性:「次はいつ会えるの?」

恋人男性:「金曜日はどう?」

 

これはありふれた2人の会話です。ごく自然です。しかし、次のように変わるとニュアンスが違って来ます。

 

恋人女性:「次はいつ会えるの?」

 恋人男性:「………………」と一瞬の間を置いてから「金曜日はどう?」

 

 この場合、敏感な女性だったら、「私たちの関係に何かひびでも入ったのかも」とまで感じるかもしれません。

 

同じように、夫に買物を頼む際に、

 「あなた、会社の帰りにお弁当買ってきて」  と一気に言わずに、

「あなた」

 で一呼吸置いてみてください。ほんのちょっとの間です。「会社の帰りに……」のセリフが始まらないうちに、夫ははっとした顔でこちらを見るでしょう。何か重大な話が始まるかと思うからです。

 

 会話では相手が何か言ったら、自分が即、何か返すのが原則です。そこで一呼吸置いたら、そこには何らかの意味があると解釈されてしまいます。

みなさんは英会話で同じことをやっていないでしょうか。

 

「自分はできるだけすぐに答えているよ。一呼吸なんて置いていない」とおっしゃる方も、もう一度自分の話し方を思い出してみてください。

 

間が長いと怖い人に思われるかも

 

 外人から何か言われた場合、

 (1)まず、相手が何を言ったか日本語で理解しようとする

 (2)次に、自分が何を言おうかと、まずは日本語で考える

 (3)それを英訳する

  というプロセスを踏んでいるのではないでしょうか。

 

このプロセスにかかる時間はほんの少しかもしれません。でも、国際電話を思い出してみてください。自分が何か言ったあとに相手の反応が遅れた経験はないでしょうか。遅れたといっても1秒もない程度の間です。それでも市内通話と比べてなんだか話しにくく感じます。

 

 よく知った仲の外国人なら、会話中に多少間があいても「英語が出てこないんだろう」と思ってくれるでしょう。でも、これが初対面だとそうはいきません。

 

 大学生のころ、友人3人とぼくの合計4人で初めての海外旅行に出かけ、サンフランシスコに行きました。「シスコの地図でも買いたい」と友人が言うので、4人で近くの本屋に入りました。店員が「いらっしゃいませ」と言いました。20歳くらいの可愛い白人の女の子でした。

 

 友人は「地図はないでしょうか」と言うつもりだったのですが、英語が出てきません。頭の中で用意したはずの英語がすぐには出てこなかったのです。黙って立っているだけでした。ぼくを含めた残りの3人もただ黙っていました。

 

 一瞬ですが、店員の顔が引きつっているようでした。彼女の立場に立ってこの状況を考えてみればその理由は分かります。日が暮れて狭い店内に、見知らぬ東洋人の男4人が黙って立ってこちらを見ているのです。店側の人間は自分ひとり。強盗かもしれないと思ったでしょう。

 

 ようやく友人の口から「地図が欲しいんです」と英語が出てきて、事態は収まりました。店員に笑顔が戻って地図売り場までぼくらを案内しました。黙っているだけで相手は恐怖心を持ってしまうのです。

 

ぎこちない間が生じてしまう最大の理由は語学力が不足しているからですが、それ以外に日本人特有の理由があるとぼくは考えています。日本人の長所が短所に化けるというものです。

 

 日本人の英語の力の中で秀でている力があります。それは文法です。

 

 アメリカ人ですら文法の苦手な人は少なくありません。ぼくが通っていた米国のビジネススクールには学生の発言の文法間違いを正している教授が居ました。学生たちは大学院まで来て、基礎教育の「しつけ」に近いような言葉の手直しに苦笑していました。ビジネススクールに進学するアメリカ人は教養のある連中ですから、一般人はなおさら文法に弱いと思っていいでしょう。

 

 諸外国から来た留学生の文法はさらにひどいものがあったようです。“あったようです”とあいまいな言い回しをしているのは、当時のぼくには留学生たちの英語が早口過ぎて聞きとれなかったからです。

 

 もう一つ、文法にかかわるエピソードを紹介しましょう。ぼくが入った米国の英語学校では、留学生たちは先生とも冗談を言い、友達同士はまるで母国語で話しているかのように楽しそうに振る舞っていました。クラス分けの結果、この人たちと同じクラスになったのですから、ぼくの実力は彼らと同じレベルなはずでした。

 

しかし、ぼくの実力は過大評価されていたのです。その理由は文法にありました。その英語学校は外国人の文法があまりにひどいので、試験で文法を重視していたのです。だから、ぼくだけでなく、ほとんど英語をしゃべれない日本人でも、文法の点が高いために実力が底上げされ、そのクラスに混じることになりました。

 

 欧州の人はもともと言葉が英語に近いですから、英語に抵抗感がなく上達が速い。反面、自国の言葉に近いという理由で、自分の国の言葉のつもりで英語を話してしまいます。これに対して、日本人はまるで違った言語体系ですから、「英語は文法から」と思っているのです。

 

 しかし、これは両刃の剣というやつです。当然のことながら潔癖なまでに自分が習った通りに英語を話そうとしてしまうからです。

 

 例えば、「三単現のS」という文法。

  Heのあとはdo notではなくて、そうだ、does notだったなと思い出すわけです。場合によっては途中までHe do not言ってしまってから思い出してHe does notと言い直します。思い出すのに時間がかかりますし、言い直せば会話は停滞してしまいます。

 

 日本語の例で考えてみれば、こんな言い直しが不要なのは明白です。

 

 「私は彼に夢中なの」と言おうとして、「彼に首っ引きなの」と言っても誰も気にならないでしょう。正しくは「首ったけ」です。けれど、そこに居る友人はどんな彼なのかだけに関心があるから、細かい表現にまで気が回らないのです。正しい言い回しに直していたら、会話のリズムが崩れてしまいます。

 

「日本人は何を考えているか分からない」と言われる理由は、

日本人は正確に言おうとしすぎなのではないでしょうか。英語を教える技術をもって世界中を渡り歩いている英語教師にとって最も不人気な行き先は日本です。授業が盛り上がらないからです。正確な言い回しを頭の中で固めるまでは口を開かないという態度で臨むので、日本人が集まる英会話教室は静寂に包まれます。ある英語教師は「日本は給与がいいから行く人は多いけど」と言っていました。

これと対照的に、正確さはおかまいなしなのがアラビアの人たち。英語の授業中、「文法などかまわずに、みなべらべらしゃべっている」とある英語教師が言っていました。そのままにしておくと、収拾がつかないくらいだそうです。

 

 病み上がりの人は周囲が気遣ってくれるように、英語が不得手の人には外人の方で気を回してくれます。日本に住む外人たちには「自分は日本語を話していない。日本人に英語で話してもらっている」という弱みがあるからです。こちらはそれに甘えてもっとおおらかにしゃべっても問題ありません。

 

 「日本人は何を考えているか分からない」と外国で評価を受けているのはご存じでしょう。私が住む国際都市・香港でも庶民の英語力は決して高くありません。アラビア人の英語はさらに褒められたものではありません。それでも日本人だけが得体のしれない生き物のように思われるにはそれなりの訳があるはずです。その一つが間の長さではないかとぼくは考えています。

 

 「そうは言ったって、相手の話を理解するのにも、自分がしゃべることを組み立てるのにも時間がかかるよ。日本語のようにすらすら出てこないよ」

  という反論で出てきそうです。

 

 ここで気づいていただきたいことは、「英会話も会話だ」ということです。会話はスムーズに流れてこそ楽しいものです。あなたの話をじっと待っている聞き手にだって、がまんの限界があります。それを避けるためには、ぎこちない間をあけないことが最も重要です。外人が「安心」して話せる人にならなくてはいけません。簡単には直すことはできないでしょうが、「ぎこちない間が最大の敵」と分かれば、われわれも対処のしようがあるはずです。

 

 ぎこちない間を完璧になくすことは初期の段階ではあり得ないでしょう。それでも、次回からお話する方法を身に着ければすぐにしゃべれるし、相手に通じるようになります。「しゃべれるし通じるぞ」と思えるようになれば自信が付きます。外人からも好感をもたれ、会話が弾むのではないでしょうか。